はじめに
「アルプスあづみのセンチュリーライド」という名前のサイクリング大会が2009年に生まれた。9月後半の連休に開催された第1回大会には、136名の参加者があった。第2回からは、安曇野が最も美しい5月末に開催時期を移し、第5回となった2013年には1500名を超える参加者が全国から集まっている。
もともとは「公園どうしの連携」というテーマでスタートしたのだが、そのコアは「北アルプス山麓を颯爽と自転車で走り回れたら楽しいだろうな」という発案者の想いにある。
運営を重ねる過程で「公園どうしの連携」はむしろ薄れ(実際、主会場として信州スカイパークのサッカースタジアム=アルウィンが使われたのは1回目だけ)、大人気のサイクリングイベントとして定評を得つつある。また、県外から多くの参加者が集まるため、スポーツツーリズムの観点からも注目されるようになった。
さて、本書「アルプスあづみのセンチュリーライドの挑戦」だが、「アルプスあづみのセンチュリーライド」は、いったい何に「挑戦」したのか? そしてその結果はどうだったのか?
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第1章 それは「やきそば」から始まった!?
湯澤 将範
国営アルプスあづみの公園工事事務所所長(当時)
2009年3月7日(土)
この日、ホテルブエナビスタ(松本市)では、「信州・地域活性化シンポジウム『信州の食と観光』交流人口が生み出す地域活性化」(主催:信州産学官連携機構)が開催されていた。
湯澤将憲(国土交通省国営アルプスあづみの公園事務所長:当時)は、長野県安曇野市にある国営アルプスあづみの公園事務所長として赴任し、1年近くがたとうとしていたが、「国営公園による地域の活性化」という課題に糸口を見いだしかねていた湯澤は、「食」に着目をしたこのシンポジウムにヒントを得るべく出席することにした。
ホテルに到着したのは13時15分。13時30分からの開始には十分な到着であったが、どうも様子がおかしい。参加者が見あたらない。受付で受付を済まし、そっと扉を開けてみると、ちょうど来賓の長野県の観光部長の挨拶が終わったところであった。「しまったな。」そう思いつつ、湯澤は空席が目立つ隅っこの方に着座し、基調講演を聴くことにした。
基調講演は、内閣府の担当者と、富士宮焼きそば学会会長の渡辺英彦氏によるものであった。内閣府の方の講演はさておき、湯澤は渡辺氏の「富士宮焼きそば」に関する取り組みとその視点を紹介した講演に、まさに目から鱗が落ちる思いで聴き入った。
- 「富士宮やきそば学会」は、市民として何ができるのかと言うところから出発しており、焼きそばを「つくっている人たち」ではない。焼きそばを勝手に応援し、情報発信をするという団体である。
- 同様の取り組みでうまくいかないのは、みんなが「つくる側」に回ってしまっているところにある。
- 取り組みの根拠(動機付け)はどうでもよく、いくつもの切り口を持つことが必要である。
- コンセプトをきちんとして、イベントに結びつけていく。
- 取り組みの中で重要なのは、役割分担であり、つくる人、行政、市民の役割を明確にしておくこと。市民がつくる人(業者)になってしまってはうまくいかない。
- ものづくり社会は、行き詰まりを見せている。このような時こそ、価値観の変化、パラダイムの変化に気づき、必要なものを自分たちで生み出していかなければならない。
- 身近にあるもの、手を付けられるもので何かやってみる。素材を発掘し、付加価値を加えていく。
- いいと思うものは人によって違うので、コンセンサスを得てやろうというのではなく、コンセンサスは後回しで、とりあえずやってみることが大切。
などなど。やはり、何でもやってみることなんだなあ。
渡辺氏の講演が終わり、参加者からの質問の時間となったが、なかなか質問が出ない。こういう場面ではやはり質問はしづらいもの。と思ったとき、一人のおじさんが発言した。
「TOYBOXの松島です。・・・・・」
(TOYBOXか。)
湯澤には聞き覚えのある名前であった。国営公園の仕事をしている関係上、当然ことながら関連する長野県が管理している公園のことも耳に入ってくる。松本空港の周辺に位置する「松本平広域公園(愛称:信州スカイパーク)」に以前指定管理者制度が導入されて、地元の建設会社を中心としたグループ=TOYBOXが管理している程度のことは知っていた。
「TOYBOXか。一度行ってみようかな。何か糸口が見つかるかもしれないし。公園同士で連携すれば、何か新しいことができるかもしれないし。」
2009年3月9日(月)
TOYBOXに電話をして、12日(木)に先方の所長(平林さんというらしい)とアポイントを取る。
2009年3月12日(木)
10時にTOYBOXの事務所がある信州スカイパーク・アルウィンへ。応対して頂いたのは、所長の平林さんと副所長の松島さん。そう、松島さんは先週のシンポジウムで質問をされた方だ。
事務所に戻った湯澤は、自転車というヒントを得たものの、前後して、国会議員からの資料要求とかいろんな会議が立て続けにあったり、家族のトラブルで休暇をとらなければならなくなったりと、落ち着いて考える時間がとれないまま22日(日)を迎えた。
2009年3月22日(日)
テレビで朝から放映されていたものは、「東京マラソン」である。2007年に始まったこのマラソンは、東京都心を駆け抜けるコースとして、また市民マラソンとして瞬く間に人気を博し、第3回にあたる2009年も三万人を超えるランナーが参加していた。
「そうだ、自転車でこんなのできないかな。市民参加の大規模なサイクリング大会ってあるのかな。」
2009年3月23日(月)
湯澤は事務所に出勤するなり、サイクリングイベントの企画書を一気に書き上げた。別にイベントができるという見通しがあるわけでも何でもない。公園同士で協力すれば、何かできるかもしれないが、お金があるわけでもない。ただ、「北アルプス山麓を颯爽と自転車で走り回れたら楽しいだろうな!」という想いだけ。ちなみに湯澤は自転車には乗らないので、その爽快さなんて、別の所でも味わったことなんてないのだが・・・。
取り急ぎ、TOYBOXの平林さんと松島さんに、先日のお礼かたがた、メールで企画書を送付しておいた。まあすぐにどうのこうのってことにはならないが、またヒントのひとつでももらえればいいかな、程度の期待は持って。
サイクリングイベント企画書
2009.3.23 湯澤 将憲
北アルプス山麓を走ろう!
市民サイクリングマラソン(仮称)の開催について(私案)
国営アルプスあづみの公園事務所
公園を飛び出し、新たな可能性へ
- 都市公園は地域のスポーツ・レクリエーションの拠点です。同時に、地域振興への貢献も期待されています。
- 公園の中だけではできることは限られますが、公園を飛びだしてみたら、もっといろんな可能性があるかもしれません。
- 中信地域では、この夏新たに「国営アルプスあづみの公園【大町・松川地区】」が開園します。
- これを契機に、公園の連携と拠点化を進め、地域が元気になるプロジェクトを立ち上げてみたいと思います。
- とりあえず、「何ができるのか」より「何をしたいのか」について考え、その中から実施可能性のあるプロジェクトを仕立てて行ければと思います。
- プロジェクトは、他のマネをしても良いのですが、マネをした上で唯一性(オンリーワン)を出していく必要があります。
サイクリングイベントで、公園発の地域おこし
- 先日も東京マラソンが開催され、35,000人ものランナーが参加しました。
- まだ、市民マラソン化して3回目ですが、メディアへの露出もあって、日本最大の市民マラソンとして定着した感があります。
- さて、最近、地球温暖化防止の観点から「エコ」な生活がもてはやされていますが、自転車もエコな生活の一つの手段です。
- そうだ車を捨てて、自転車に乗ろう!
- で、市民マラソン大会はありますが、大規模な市民サイクリング大会(市民サイクルロードレース)ってあったでしょうか。
- 松本~安曇野~大町は、サイクリングには最適な環境を有しています。
- 日本最大のサイクリングイベントで、公園発の地域おこしをしてみてはどうでしょうか。
市民サイクリングマラソン(仮称)
- 拠点となる公園は、国営アルプスあづみの公園【堀金・穂高地区】(安曇野市)、同【大町・松川地区】(大町市)、信州スカイパーク(松本市)、あづみ野池田クラフトパーク(池田町)とします。
- 参加者は、それらのどこからでも出発し、ゴールすることができます。
- 1周することを原則としますが、体力、体調に応じて、1~3区間のみの走行も可とします。
- この大会は競争(ロードレース)ではありません。楽しく走って、できれば完走を目指します。家族やグループでの参加は大歓迎です。
開催に向けて
- 誰が運営するのか、交通規制はどうなるのか、運営経費はどうするのか、自転車や参加者の運搬はどうするのか、・・・。
- そういった難問は山ほどありますが、『北アルプス山麓を颯爽と自転車で走りまわれたら楽しいだろうな』という(勝手な)思いがどうすれば実現できるか、ということをこれから考えていきたいと思います。
- これからの地域の中での公園のあり方、公園の地域貢献のあり方として、何かできないかと思います。
2009年3月27日(金)
先のメールの送信から4日後、TOYBOXの平林さんと松島さんが事務所に来られた。所長室の応接セットに座るやいなやパソコンとプロジェクターを用意し始めた。何が始まるかと興味津々見ていると、
「先日の企画書をもとに、我々も企画を作ってみました。ちょうど別の公園で元オリンピック選手の鈴木雷太さんと一緒に活動をしたことがありまして、雷太さんのアドバイスももらいながらつくってみましたので説明させてもらいます。」
そこで提案があったのが、「センチュリーライド」である。湯澤はここではじめて「センチュリーライド」という用語を耳にしたほどの自転車素人であるが、とにかく感心したのは、そのレスポンス(反応)の早さだった。よくみていくと、「?」な部分もあるにはあるのだが、今求められているのは『とにかくやってみよう』
という渡辺さんの言葉だと思っていたので、この早いレスポンスには感激である。
これを振り出しに、第1回のアルプスあづみのセンチュリーライド開催へ向けて動き出すこととなった。
第1章2 アルウィンから安曇野へ
松島 義一
2009年3月9日(月)
平林(TOYBOX信州スカイパークサービスセンター所長:当時)から「まっちゃん、国営公園事務所の所長から電話があったよ。12日にアルウィンへ来るって。」
この日は奇しくも松島(松島義一:TOYBOX信州スカイパークサービスセンター所長:当時)の47回目の誕生日。“国土交通省の所長”からわざわざ電話を頂くとは一体何事か!? 土建屋に勤める身(松島は松本土建㈱より指定管理事業を営むコンソーシアムTOYBOXに出向:当時)にはかなり衝撃的なできごとだ。かといって用件がわからなければ準備のしようもない。
2009年3月12日(木)
公用車に乗って湯澤所長が到着。アルウィン(松本平広域公園総合球技場の愛称。TOYBOXの事務所が1階にある)の特別応接室にご案内する。名刺交換。歓談。
先日の渡辺氏の講演会(前述の「信州・地域活性化シンポジウム『信州の食と観光』交流人口が生み出す地域活性化」)で一緒だったと聞く。講演会事務局増山さん(松島知人 信州大学産学官連携推進本部:当時)への義理もあって質問したのだが、そのことがこんな形でつながることにびっくり。「公園どうしが連携して何かできないか?」との投げかけに、「自転車っていいですよね」と答えてみた。TOYBOXが昨年4月から管理者になった美鈴湖のキャンプ場で、自転車の元オリンピック選手鈴木雷太氏とご縁ができ、「松本は自転車愛好者にとって最高の地」という話しに影響を受けていたことが背景にあった。
特に次のアクションを約することもなく、「何となく」会談は終わった。
2009年3月23日(月)
1通のメールが届いた。
<前略>私どもの事務所でも、大町・松川地区の開園に合わせ、2地区間の連携、さらには地域との連携を強めていこうということを目的に、4月から、地域調査担当の職員を配置することにしておりますので、このような連携事業に積極的に取り組んでいきたいと思っております。
取り急ぎ、先日の御礼を兼ねて資料を送付させて頂きます。
サイクリングでなくとも良いのですが、何かアクションを起こしていきたいと考えておりますので、良いお知恵を拝借できれば幸いです。
湯澤所長からメールが届いたことを平林に伝えると、ビックリ仰天。
「平林さん所長様からメール来たよ~」「えーマジ?」
普通あり得ない!でも来た。しかも添付ファイル付き。早速開いて読んでみた。
これはすごい!
ご返杯するしかない!しかもすぐに!
2009年3月24日(火)
松島は、今まで考えていたことの断片をかき集め、企画原案にまとめて、TOYBOXスタッフにメール配信した。
自転車イベント企画原案
2009.3.24 松島 義一
市民サイクリングマラソン(仮称)の開催について(私案)
に対するTOY BOXとしての対応について
1.これまでの経過
09/03/12 国営アルプスあづみの公園事務所長湯澤氏がアルウィンへ来訪
平林、松島で対応
○3月7日に開催された『信州・地域活性シンポジウム』に市川・松島で出席。たまたま湯澤所長も出席しており、「TOYBOXと何か連携できることはないかと思い、連絡をした」とのこと
○国営公園は公園緑地管理財団が管理しているが、ややマンネリの感がある。7月には大町松川地区が開園することもあり、新たな取組を模索している。
○TOYBOXから・・・
- 今、自転車に注目しています
- 昨年国営公園<大町松川地区→穂高堀金地区>で自転車イベントを実施されましたね
- 国営公園とスカイパークを結んで安曇~松本平周遊の自転車イベントを開催しませんか?
- 松本から自転車を発信しましょう
09/03/23
○湯澤所長よりメール着信
「市民サイクリングマラソン(仮称)の開催について(私案)」
2.このイベントの目的
湯澤所長の企画書にある通り
1)【大町・松川地区】の開園を契機に、
2)公園の連携と拠点化を進め、
3)地域が元気になるプロジェクトを立ち上げてみたい
◎北アルプス山麓を颯爽と自転車で走りまわれたら楽しいだろうな
◎日本最大のサイクリングイベントで、公園発の地域おこしをしよう!
3.TOY BOXの目的
○国営公園との連携はのぞむところだ!
○TOY BOXのミッションは「(管理する施設に)来た人が元気になること」
ならば、行き着く先は「地域が元気になること」
○【松本平と自転車】は「ここにしかない魅力」
しかも地元の人よりも他地域の人のほうがその魅力を知っている。
◎TOY BOXから【松本平と自転車】の魅力を発信し、実現しよう。
4.当面まとめること
◎どうやれば面白くできるのか?
・キャッチーなタイトル?
・内容の面白さ?
・エイドで盛り上げる?
◎どうやれば多くの人が参加してくれるか?
・PRの方法、ルートは?
・愛好者ならではのクチコミルート?
◎どうやれば、多くの人の関心を得られるか?
◎お金をどうするか?
・補助金?
・自転車関係のスポンサー?
・参加費?
◎どんなメンバーで進めればいいか?
・メンバーとして名前をあげられる人
・協力してくれる人
・行政関係
5.金曜までにまとめて持っていくネタ
◎面白い切り口を
◎作り込みすぎず
◎ちらっと見せる → もっと見たい!
◎TOY BOXの今までの実績をさりげなくアピール
・美鈴湖
・スカイパーク
・遠山郷チャレンジマラニックのエイド など
・スカイパーク通信の先月号(by ASAMI)
そして・・・
◎自転車愛好者からみて、これが実現することにはどんな意義があるのか?
◎このイベントがもたらす波及効果はどのようなものか?
2009年3月25日(火)
松島は企画原案をもってBIKERANCH鈴木雷太氏を訪ね相談した。
「雷太さん、国営アルプスあづみの公園の湯澤所長という人が訪ねてきてね、何か一緒にやりたいというので『自転車どうですか?』といったら、すごい企画書が送られてきてサ。こっちも一生懸命考えてみたんだけど、どう思う?」
「じゃあ、センチュリーライドやりましょうよ! ホノルルセンチュリーライドっていうイベントをハワイでやってるんだけど、僕、前から安曇野でやりたかったんですよ!」
「センチュリーライド・・・。」
「そう。100マイル=センチュリーマイル走るサイクリングイベントなんですよ。自転車が好きな人にはね、1日で100マイルぐらいが一番楽しく走れる距離なんです。」
「よし、決まり!それで行こう!」
事務所に戻ると松島は朝までかかって企画書をまとめた。
2009年3月27日(金)
松島は平林とともに国営公園事務所に湯澤所長を訪ね、持参したパソコンとプロジェクターをセットしプレゼンを始めた。
北アルプスセンチュリーライド企画書
2009.3.27 松島 義一
公園の連携から始める地域活性化プロジェクトのご提案
◎松本~安曇野には、素晴らしい自然と素晴らしい公園があります。
◎公園がつながると、元気の輪ができる。
◎元気の輪をつくって自転車で走ろう! そこで・・・
◎日本最大のサイクリングイベントで、公園発の地域おこしをしよう!
Drive My Soul! 車を降りて、自分に乗ろう!
北アルプスセンチュリーライド
◎センチュリーライドとは、160キロ(100マイル)走るサイクリングイベントのことです。
◎順位を競うレースではありません。もちろん初心者向けに短い距離のコースも設定します。
◎初年度は参加者2,000人が目標。3年後に参加者5,000人を目指します。
◎しかし・・・自転車だけの、一過性のイベントで終わっていいのでしょうか?
◎このイベントを契機に“SHARE THE ROAD”を発信し、定着させましょう。
◎道は、山は、そして街はみんなのもの。今は自動車が幅を利かせてますが。
◎「 SHARE THE ROAD」と「Drive My Soul」をキーワードに同時開催(便乗)イベントを募りましょう。
◎歩く・走る・こぐ・押す・回す・・・自分で自分を動かすものすべてOK!
◎例えば・・・ウォーキング、トレイルラン、車いすレース、カーフリーデー、スケボー、インラインスケート、MTB、ウィンドサーフィン、腕立て伏せ、etc.
◎松本~安曇野のあちこちで、好きなことを、好きな方法で、好きな仲間と一緒に楽しむ。・・・それが楽しい。
◎便乗イベントも含め、参加者には「Drive My Soul」 のバッジを進呈し、バッジを見せたらお店や宿泊が割引になる、なんてこともやりたいですね。
◎コアイベントのセンチュリーライドで5,000人の集客。便乗イベントでさらに5,000人の集客。
◎公園がつながると10,000人の輪ができる。
北アルプス山麓を颯爽と自転車で走りまわれたら楽しいだろうな。
ぜひ実現させましょう!
このプレゼンの感想は第1章に記されているとおりである。
これを振り出しに、第1回のアルプスあづみのセンチュリーライド開催へ向けて動き出すこととなった。
つづく